東西移動の時代
黄河沿いの、いわゆる「中原(ちゅうげん)」と呼ばれる地域
西の長安、東の洛陽が選ばれる時代です。
長江沿いは、まだまだ田舎でした。
「三国志」で有名な三国時代。
中原の戦乱で、南方に人が移動しましたが、
それでも、華北を抑えていた魏に、
人口の6~7割が集中していました。
それ以前の時代は、さらに黄河沿い(華北)に
人口が集中していたはずです。
西周 鎬京(長安)前1122年?-前771年
東周 洛邑(洛陽)前770年-前256年
西戎により、鎬京が破壊され、洛邑に遷都くん(東遷)
春秋時代の始まり
秦 咸陽(ほぼ長安)前221年-前206年
前漢 長安 前206年-8年
新 長安 8年-23年
後漢 洛陽 25年-190年
長安 190年-196年
董卓が洛陽を焼き払い強引に遷都(この時点で漢王朝は名目のみ)
許昌 196年-220年
曹操が流浪の皇帝を奉戴
西晋 洛陽 265年-316年
三国時代を経て統一
隋 大興(長安)581年-618年
五胡十六国時代、南北朝時代を経て統一
唐 長安 618年-907年
南北移動の時代
大運河の開通や、北方異民族の侵入などで
江南地域が栄えます。
また、異民族の支配する王朝では、
本拠地が近い北方が選ばれました。
北宋 開封 960年-1127年
五代十国時代を経て統一
開封は、黄河と長江を結ぶ大運河が通る
南宋 臨安(杭州) 1127年-1279年
金(女真族)に河北を奪われる
元 大都(北京) 1264年-1368年
モンゴル族の王朝
明 南京 1368年-1420年
北京 1420年-1644年
永楽帝の時代に遷都
清 盛京(奉天) 1636年-1644年
北京 1644年-1911年
女真族の王朝、明王朝を滅ぼして北京に遷都